中国の民主化 2012 9 30

 もはや、今時、「中国の民主化」と言うのは、
世界で、たった一人、私だけになってしまったのでしょうか。
今や、アメリカですら、中国に遠慮して何も言えなくなっています。
 しかし、私は、言わなければならない。
政治改革を棚上げにして、経済改革のみ進めるのは、間違っています。
 歴史に「if」はありませんが、
何度も何度も思うことは、
総書記だった胡耀邦氏(1915年から1989年)の政治改革が成功していれば、
今の中国は、人民が作る、人民のための政府となっていたでしょう。
 しかし、今は2012年、過去には遡れない。
中国を待ち受けている未来は、
北朝鮮のような先軍政治か、
大分裂か、
いずれにしても、そこに人民のための政府は存在していない。

胡耀邦 2012 9 22
 私は、中国といえば、「胡耀邦元総書記」を連想します。
胡耀邦氏の無念の思いは、どれほど深いものかと思いました。
 私が、中国に対して、「人権」、「信教の自由」、「民主化」について、
強く批判してこなかったのは、
胡耀邦氏に連なる人たち(人脈)に迷惑がかかると思ったからです。
 しかし、聞くところによると、
今年の秋で、胡耀邦氏に直接連なる人たちは、ほとんど表舞台から消えるという。
 そうであるならば、今後は、遠慮なく、
中国に対して、「人権」、「信教の自由」、「民主化」を求めることができます。
 本来、こうした役割は、欧米が行うべきものですが、
現状では、アメリカも欧州も、
中国に国債を買ってもらわなければ国の財政が成り立たないという状態になっています。
つまり、アメリカも欧州も、財政的には、中国の下で生きていくということです。
 しかし、「人権」も「信教の自由」も「民主化」も、
常に誰かが言い続けなければならない。
 これは、人類普遍の真理であり、
この真理を獲得するために、人類は、多大な犠牲を払ってきたのです。















































































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